私は飛行機やヘリが大好きです。
海外旅行に行くと、遊覧飛行が大好きで、よくやります。
シドニーに旅行した時も、グアムでも、遊覧飛行のツアープログラムを申し込みました。
サイパンでは、セスナの体験操縦というものも、やりました。
空港で飛行機をみているのも、好き。
この前は調布の空港にいっておおはしゃぎしてきたばかりです。
このことに関する心の謎が、ひとつ解けました。
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昨日、地元(千葉県松戸市常盤平)のさくら祭りに行ったのですが、
その帰り道、イトーヨーカードー五香店の裏にあるラジコンショップ 「ライト模型」 が、
20年経った今も変わらずにあることに、気づきました。

思わず懐かしくなって、お店の前に車をとめました。
そして店の中に一歩、足を踏み入れたその瞬間・・・・・
すごいことに気づいてしまいました。
深い意識に刻み込まれていた、封印されていた記憶。
自分の人格形成に大きな影響を与えていた、秘密。
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父は、私が9歳の頃に他界したのですが、
その父が、生前私に
一緒に、ラジコンのヘリコプターをつくって飛ばそうな
と言っていました。
幼い私は、無邪気にそれを楽しみにしていました。
・・・が、父は、その約束をかなえることなく、
ある日突然、かえらぬ人となりました。
・・・まずそんなことを、思い出しました。
今まですっかり忘れていたんです。
父の死後、そのラジコンヘリの話をきいた祖母が、
私をかわいそうに思ってくれ、代わりにラジコンカーを、買ってくれました。
そのラジコンを買ったのが、↑のお店 「ライト模型」 です。
たしかあれは、「ギャロップ」。 三万円ぐらいしたと思います。
↓こういうやつ。

そうです。
ラジコンヘリコプター ではなく、 ラジコンカー。車です。
でも、当時の私が本当に望んでいたのは、
・父と一緒にくみたてること
・ラジコンヘリコプターをとばすこと
だったんですね。
しかしそのときは、子どもながらに祖母の気持ちを汲みとり、
ありがとう
とだけ言って、うけとったのでした。
ちなみに、ヘリコプターのラジコンは15万前後します。
経済的な余裕があるとも思えない状況で、まさか 「実はヘリコプターがほしい」
などと要求することができず、遠慮してしまったんですね。
なんというか、子どもらしくない子どもです。
それで、その時の私は、多くを言えず、素直になれず、気持ちを押し殺して、
ラジコンカーを買ってもらったのです。
そして・・・
普通は、自分で組み立てることが、このキット(ラジコン)の楽しみの一つであるんです。
なんと私は、それを、お店の人に組み立ててもらってしまったのです。
このタイプのラジコンは、自分で組み立てずに買う人なんて、まずいません。
ですからお店の人にも、何度か 「本当にいいの?」 と訊かれた気がします。
でも、幼い私にとってそのラジコンカーは、
「父と一緒に組み立てるヘリコプター」ではなかったわけですから、
もう意味がなかった。
それが、正直な気持ちです。
・・・この正直な気持ちを、今やっと口にできるようになったんです。
隠していたという意味ではなくて、心の奥深くにあったものを、
冷静にみられるようになったということです。
意識化することで、次々と心のなぞが解けていきます↓
問題はこのあと。
その後、近くに住む親戚のおじさんから言われた何気ないひとこと。
「なんだ、お店の人につくってもらっちゃったのか」
そう、確かに言われたのを覚えています。
このことば、昨日お店に入った時に、頭の中に響いてきたんです。
印象深く、はっきり覚えていたんです。
「なんだ、お店の人につくってもらっちゃったのか」
そして、気づきました。
その何気ないひとことが、自分のその後の性格に大きな影響を与えていたことに。
もちろんおじさんにしてみれば、やさしさからのひとこと。
「言ってくれれば一緒につくってあげたのに」 と思ってのことですから、何も悪気はない。
しかし、幼い私には
・自分の能力のなさをけなされたような、
・頼むこと=いけないこと と最終判決を言い渡されたような、
・うそをついてしまった罪悪感のような、
そんな記憶として、深く刻まれていました。
その結果・・・
→ いつの間にか、自分に自信をもつことが、できなくなってしまっていた。
→ 自分は劣っていると、劣等感に似たよう感情を、常に心にかかえていた。
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スティーブンコビー博士の「7つの習慣」によれば、
人の成長のプロセスは、
依存 → 自立 → 相互依存
というプロセスを経るという話がありますが、
私は今までこの、「相互依存」 というものをなかなか受け入れることができなかった。
実際今でも、人の好意をうけとるのが、苦手だったりします。
また、依存を極端に嫌悪する傾向も、ありました。
でも・・・
自分のこの、強すぎる自立欲求は、
1 自信のなさのあらわれ
2 望んでいないものを人から受け取ってしまったことの罪悪感と後悔
この2つのことに起因していたもの、
だったようです。
こういうのを、「トラウマ」 というのでしょうか。
まさか、自分にもそんなものがあったなんて。
正直、驚きました。
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もしあの時、ラジコン「ヘリコプター」を素直にねだっていたら?
もちろん、とても高価(15万)で、しかも子供には扱いの難しい15万のラジコンヘリ。
間違いなく、買ってもらえなかったでしょう。
しかし、たとえそうであったとしても、子どもらしく素直に泣き喚いていたら、
その方がよかったのかも?
9才のときに与えられたひとつの課題。
22年たった今、ようやくこの課題が、解決できたようです。
「意識化」 をしたことによって、自分で自分に架していた鎖のようなものを、
解き放つことが、できたような気がします。
・飛行機が好きなわけ。飛行機をみていると、なぜか安心できるわけ。
・他人の好意を素直に受け取れず、むしろ嫌悪してしまうのはなぜか。
・常に満ち足りることのない、渇望と焦燥感をいだいてしまうのはなぜか。
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今度、まずはあの時買ってもらったのと同じような、
オフロードのラジコンカー(車)を買って自分で組み立ててみようと思います。
そして、いつの日か息子ができたら、
今度は、ラジコンヘリを一緒にとばしてみたいなぁ。
そんなことを、思いました。

↑今日のしあわせ。(写真がないので、楽天リンクで代用です。)
昨日の帰り、少し実家に寄って、祖母の顔をみてきました。
あの時ラジコンカー(ギャロップ)を買ってくれた祖母に、
今になってようやく、本当の
ありがとう
という気持ちがわいてきたことを、
ここに、付け加えておきます。